実行委員長あいさつ

第29回民医連神経リハビリテーション研究会実行委員長

健和会病院総合リハビリテーションセンター長

福村直毅

民医連に参加してからずっと心待ちにしていました。新年号初めの神経リハビリテーション研究会の主幹を任せていただき大変光栄です。皆様が抱いている熱い思いや日頃の実践を楽しく分かち合える場をここ飯田で提供できるよう精一杯務めさせていただきます。

私は2002年に民医連病院に入職してから幸せなことにたくさんの先輩方に出会うことができました。山形の茂木紹良先生、宮城の水尻強先生、冨山陽介先生、東京の山田智先生、細田悟先生、北海道の岡本五十雄先生、京都の門祐輔先生、山口の白藤雄五先生、そして長野の中野友樹先生、牛山雅夫先生方に育てていただきました。

そして数多くの信頼できる仲間を得ました。長野の山本ひとみ先生、北海道の鎌倉嘉一郎先生、香川の植木明彦先生、宮城の金成建太郎先生、山形の松島得好先生、東京の中川美和先生、神奈川の宮澤由美先生、福島の佐藤武先生、大阪の西田篤司先生、青森の森永伊昭先生、沖縄の奥村須江子先生。

また毎年神経リハに参加してまいりました。

毎回工夫を凝らした学びの場を提供いただくたびに恩返しをしたいという気持ちが強くなっておりました。

私は嚥下治療のブレークスルーに巡り合うことができました。全国の先生方から興味を持っていただき、民医連の先生方にも見に来ていただいたり病院に呼んでいただいたりと交流できました。北海道、青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島、群馬、埼玉、東京、神奈川、長野、山梨、富山、石川、愛知、京都、大阪、和歌山、山口、香川、高知、福岡、長崎、沖縄。数々のご縁を深めるために嚥下治療について充実した企画を計画しております。

嚥下障害治療に携わったことで歴史的事件にかかわっていくことになりました。

長野県連に移った2015年早々にご相談をいただいたのがあずみの里裁判でした。この裁判では窒息判定の杜撰さもさることながら、福祉現場に対する無知無関心が医療者や学者の中にも根深いものがあることを知りショックを受けました。この問題についても報告できればと考えております。

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さて、会場になります飯田市をご紹介いたします。長野県飯田市は伊那谷の南端に位置した風光明媚、やわらかな天候に包まれた小都市です。中央アルプスと南アルプスに守られた地形で台風や雪の影響が少なく過ごしやすいところです。伊那谷の特殊な直線的な谷はフィリピン海プレートにより押し上げられた大陸プレートの折り目と考えられています。激しい大地のうねりは山深い鹿塩温泉に海水と同じ濃度の塩泉をもたらしました。高く持ち上がった大陸は南アルプスになりました。中央構造線が走る雄大な景色が作られています。日本のマチュピチュと称しています下栗の里がございます。近年の研究で南アルプスの御池山に直径900mの隕石クレーターが認められています。伊那谷の谷底を流れる天竜川に向けて多くの川が流れ込み、その川によって板チョコのように区切られた河岸段丘が連続する珍しい地形が作られました。この地形が天然の区切りとなり古墳時代には三大馬生産地の一つとして栄えることになりました。

歴史をたどると大和朝廷東進の拠点として長年力を蓄え、善光寺の始まりとして知られる元善光寺が建立されています。天武天皇の騎兵政策の中心をなしたとの説もあり、南北朝時代には秋葉街道の大河原城に20年以上も南朝の拠点が置かれ騎兵の機動力で神出鬼没の戦いが伝えられています。戦国時代には武田信玄の傘下となり、信玄公終焉の地として最有力とされるこまんば城跡があります。また武田家滅亡の地でもあり、飯田城は信長公が武田勝頼の首実検をした地といわれます。江戸時代には中山道の重要な拠点として出馬千匹入馬千匹といわれるほどに栄えました。譜代堀氏の入城により飯田藩は中央との連携のもと藩政が采られています。飯田藩主堀親寚公は老中として水野忠邦を支える働きをしました。飯田藩では朱子学、平田国学を治めるものも多かったそうです。幕末には京都守護職の会津藩主松平容保のもと、京都見廻役頭を飯田藩主堀親義が務めています。明治時代に入ると飯田城は石垣も含めて徹底的に破壊され、昭和22年には飯田大火により多くの歴史的建造物が消失してしまいました。その後災害に強い街づくりが推し進められ、防火帯にはリンゴの木が植えられ新しい飯田ができてきています。

文化的側面では全国生産の70%を占める水引をお勧めします。健和会病院では水引をレクレーション、訓練に取り入れています。また画家菱田春草は飯田市に生まれ朦朧体と呼ばれる絵画手法などで多くの作品を残しています。飯田市美術博物館に作品が収められております。民俗学の祖である柳田國男氏は旧飯田藩士・柳田家の養嗣子となり柳田姓となりました。飯田城址に柳田國男館がございます。人形浄瑠璃が地域内各地に残っており、人形劇のまちとして知られています。今回の会場である飯田文化会館に併設されております飯田人形劇場を始め市内各地で人形劇が何日にもわたり披露される飯田人形劇フェスタには演者が世界各地からあつまってきます。私たちの世代には懐かしいNHK人形劇三国志の人形作者である川本喜八郎氏から寄贈された多数の人形を展示している川本喜八郎人形美術館があります。毎年文化の日には人形にあやかってフィギアやコスプレなどサブカルチャーの祭典丘のまちフェスティバルが開かれます。

城下町として発展した飯田は菓子文化が成熟しました。ちょっと珍しいのが赤飯饅頭。そして特筆すべきが焼肉です。日本一焼肉屋が多い街として知られています。野外で焼肉が飯田の文化です。ぜひ皆様にも味わっていただきたく美味しい野外焼肉企画を準備しております。秋にはリンゴが実り、街路樹のリンゴもたわわに目を楽しませてくれます。冬には市田柿が欠かせません。

地域ごとに様々な文化があり、そこならではの医療、福祉が発展しているものと思います。当たり前と感じていることにもたくさんのヒントがちりばめられていてほかの地域にとってはブレークスルーのきっかけになるかもしれません。ぜひ日常の仕事やちょっとした気づきを書き出してみてください。神経リハビリテーション研究会は温かく、熱く受け止めてくれます。皆様のご参加をお待ち申し上げます。

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